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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)187号 判決

原告

谷上太郎

代理人弁理士

関谷幸雄

被告

特許庁長官

井土武久

指定代理人

渡辺清秀

外一名

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、〈略〉

(本件審決の違法事由の存否)

二、原告は、本件審決はその主張の点に判断を誤つた違法があり、取り消されるべきであるというけれども、その主張の採用できないことは、以下説明するとおりである。

(一)  原告の主張四の(一)について

本件審決は、第二引例の穿孔針貫通時期表示装置のみを引用して本願実用新案の考案性を否定したのではなく、本願は、同一物品に属する第一引例の電動式鉛筆削において、鉛筆の切削完了のとき、モーター回路を開いてモーターを停止するかわりに、モーター回路とは別の回路を閉じて報知器を作用させるようにしたものに相当すると認定したうえで、この両者の差異点である、モーター回路とは別の回路を閉じて報知器を作用させるという点について、そこに格別のものが認められないことを示すため、補充的に第二引例を引用して、そのような思想もすでに公知であることを認定し、結局本願は第一、第二両引例から容易に推考しうるものと判断したのであるから、第二引例が物品として異なるものであつても、その判断に原告主張の違法があるとはいえない。

(二)  原告の主張四の(二)について

まず、実用新案法施行法第二一条第一項により本願に適用される旧実用新案法第二六条、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一一三条第二項、第七五条第五項によれば、登録異議申立ての結果、実用新案の登録を拒絶すべき場合において、出願人が具体的に説明書および図面の訂正案を提示して審判官に訂正命令の発動を求めた場合、当該訂正案が登録請求の範囲の減縮を目的としていて実質上それを拡張または変更するものでなく、訂正後の考案が登録を受けることができるものであるときは、審判官は右訂正案に副う訂正命令を発しなければならないと解すべく(旧実用新案法第一四条、第一五条参照)、このように、訂正命令を発する必要がある場合に、これを発しないで、訂正前の説明書および図面にもとづいて登録を拒絶すべきものとした審決は、違法性を帯びるものと解するのを相当とする。

1  よつて、まず、原告の主張四の(二)の1について判断する。

本願の実用新案公報第一引例の米国特許公報によれば、本願実用新案の目的は、公知の電動式鉛筆削機において、鉛筆切削の完了を報知器により自動的に報知させ、いちいち挿入した鉛筆を取り出して切削程度を調べる必要をなくそうとする点にあることを認めることができる。そして一方、原告主張の訂正案によれば、「鉛筆先端は美しく切削され、そこに切削屑を付着させるおそれがない」という作用効果は、「報知器9の作動後」すなわち鉛筆切削の完了後も「電動機が回転を続けている」ことによつてもたらされるものであること(詳説すれば、鉛筆に切削刃がくい込んだ状態のまま切削刃の回転を停止すれば、鉛筆の切削面に毛羽が残りやすいが、反対に、鉛筆に切削刃がくい込んだ状態から、さらに刃の回転を続けながら鉛筆を引き抜くようにすれば、刃の切込み深さが徐々に浅くなり刃先が鉛筆面から徐々に離脱していくために、毛羽が残らず美しい切削面となること)が明らかである。しかしながら、このような効果は、原告が公知の電動式鉛筆削機の前記の欠陥(いちいち鉛筆を取り出して切削程度を調べる必要があること)を除去するため本願実用新案において採用した技術手段によつてあらたにもたらされるものではなく、公知の電動式鉛筆削機そのものにおいても、すでに存在した効果である。〈書証〉によれば、第一引例のような自動停止装置を施した電動式鉛筆削機は、切削面が粗雑になる欠点をもつことが認められるから、本願のものを第一引例の自動停止式電動鉛筆削機と比較した場合に、切削面に毛羽を残さないという長所をもつことは理解できるにしても、そのような長所自体、本願考案が課題解決の出発点とした公知の電動式鉛筆削機が具備する、周知の作用効果であり、したがつて、第一引例のものにおいてもモーターを停止させなければ右の欠点が生じないことは、もとより当業者にとつて明白なところであつたとみるべきであるから、モーターの回路とは別な回路を閉じて報知器を作用させるようにした第二引例が公知である以上、芯先が作動子を押して移動させ、ブランジャーを介して接点に作用することによりモーターを停止するように構成した第一引例のものにおいて、右の接点に対する作用によりモーターを停止することに代え、別の回路を閉じるようにして本願実用新案に想到することについては、その間何らの考案力をも要しないものと認められる。

したがつて、切削面の粗滑について、訂正案のとおりに訂正しても本願は登録に値しないとしてこれを採用しなかつた本件審決の判断は、結局正当であるといわなければならない。

2  つぎに原告の主張四の(二)の2について判断する。

訂正案によれば、本願実用新案において、出願人が「固定接触片8」とあるのを「板ばねの固定接触片8」と訂正しようとする趣旨は、それによつて、あらたに「板ばねの固定接触片8は自体の撓みで報知器9の作動後といえどもなお鉛筆を少し先へ押し込むことができて芯切削の尖鋭度あるいは芯先の切削長さを加減できる」という作用効果をもたせるためのものであることが認められる。しかしながら、本願実用新案の説明書および図面には、「固定接触片8」の撓みの利用により芯の尖鋭度または切削長さの加減を可能ならしめるというような思想は、どこにも示されておらず、また、そのような思想が技術常識上自明のものであると認めるべき資料もないのであるから、このような訂正は、当初の説明書および図面に開示されていないあらたな技術思想を付加しようとするものであり、登録請求の範囲を実質的に変更するものに他ならないから、その許されるべくもないことは審決のいうとおりである(なお、固定接触片8は、スイッチ接触片であるから、撓性の板ばねを用いることが電気工学上の常識であるとしても、スイッチ接触片が、つねに前記のように、鉛筆を少し押し込むことにより芯先の尖鋭度あるいは切削長さを加減できるという作用効果を奏するに適した撓性を有するとは限らないであろうし、したがつてまた、本願の当初の説明書および図面の記載から、右のように板ばねの撓性を利用するという思想を汲みとることは、とうてい不可能といわねばならない以上、この点についての原告の主張は採用することができない。)。

(むすび)

三以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消しを求める原告の請求は理由がないからこれを棄却……する。

(三宅正雄 杉山克彦 楠賢二)

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